最新リリース
- Collision Course - EP · 2004年
- Ultimate R&B 2007 · 2007年
- The Blueprint 3 · 2009年
- Watch the Throne · 2011年
- The Blueprint 3 · 2009年
- Vol.2... Hard Knock Life · 1998年
- Vol. 3... Life and Times of S. Carter · 1999年
- ザ・ヒッツ・コレクションーヴォリューム1~デラックス・エデイション · 2002年
- The Blueprint · 2001年
- Collision Course - EP · 2004年
必聴アルバム
- プリンスやボブ・マーリーらさまざまなアーティストの楽曲からインスパイアされた、キャリア史上最もパーソナルなアルバムとして話題を呼んだ作品。"キル・ジェイ・Z"という何とも物騒なタイトル曲では自身の身勝手を認め、Beyoncéへ謝罪の言葉を述べるなど、彼女のアルバム「Lemonade」に真摯に対峙した内容になっている。他にも人種差別や黒人のステレオタイプについて、コミュニティーやセクシュアリティー問題に対して言及。収録曲は自身の感情を吐露した内容ばかりだ。プロデューサーのNo I.D.が提供したトラックはどれもサンプリング主体のソウルフルかつミニマルな作りで、内省的なメッセージ性とあいまってスピリチュアルに響く。
- 2009年
- ヒップホップシーンのアイコンとして長年に渡りシーンの頂点に君臨してきたラッパー、ジェイ・Zが2007年に発表した通算10作目のオリジナルアルバム。2003年の引退宣言、2006年の前作「Kingdom Come」での復活を経てリリースされた作品で、リドリー・スコット監督の同名映画にインスパイアされたキャリア初のコンセプトアルバムとして制作された。1970年代のNYハーレムに実在したハスラーの主人公に自身の過去の記憶やエモーションを重ね合わせ、ディディやJUST BLAZE、No I.D.、ザ・ネプチューンズらプロデューサーによるシンプルかつハードなビート上でタイトで荒々しいラップを披露している。かつて大きなビーフ(リリックを用いたディス合戦)でシーンを騒がせたNasと共演を果たした"Success"をはじめとして、彼自身の原点のみならずヒップホップへの原点回帰も強く感じさせる。純度の高いヒップホップの佳曲が多く収録された力作である。
- 本作をもって現役引退を表明したジェイ·Z(後に復帰)。有終の美を飾るべく、ラストアルバムに向けて全曲客演なしの1MCとして勝負を挑んだ作品。バックアップするのはKanye Westを筆頭にJUST BLAZE、ザ·ネプチューンズ、ティンバランドら。ほかにもエミネム、リック·ルービンといった面々が第一級のプロダクションを繰り出している。新たな才能The Buchanansの起用も、次世代への目配せを忘れないシーンの顔役ならではの差配。映画『グラディエーター』のラッセル・クロウの台詞から始まる"What More Can I Say"のシネマチックな展開、ジョン・レジェンドがピアノとバックヴォーカルで参加した"Encore"など、派手さはないがいぶし銀と呼ぶにふさわしい充実した内容を誇る。
- 1990年代後半以降のNYのヒップホップを代表するラッパーとしてシーンに君臨してきたジェイ・Zが2001年に発表した通算6作目のアルバム。ジャクソン 5の"I Want You Back"をサンプリングした"Izzo (H.O.V.A.)"、ドアーズの"Five to One"とデヴィッド・ボウイの"Fame"を大胆に使った"Takeover"といったKanye Westプロデュースの楽曲など、1970年代の音源を随所に使ってノスタルジックなイメージを喚起するようなサウンドが印象的で、Qティップ、スリック・リック、ビズ・マーキーのキャメオ的な参加、さらにはエミネムとの共演など、話題と聴きどころ満載の内容に仕上がっている。もちろん、彼自身のラップも冴え渡っていて、Nasとの大きなビーフにつながった"Takeover"からリリカルなセンスが発揮された叙情的な"Song Cry"まで、ラッパーとしての確かな実力と豊かな表現力が存分に発揮された彼の代表作と呼ぶに相応しい作品となっている。
- 2017年
- 2009年
- 2007年
- 2006年
アーティストプレイリスト
- 全米のヒップホップシーンを代表する、表現力豊かな成功者。
- ブルックリンが生んだ鬼才ラッパーの長年のキャリアを、映像を通して振り返る。
- 頂点を極めても、ストリートのリアリティと共にある奥深い世界。
- 洗練されたストーリーテリングが引き起こした、ヒップホップの進化と質の向上。
- ラップでもビジネスでも大成功を収めた希代のスターのルーツをチェック。
シングル&EP
- 2004年
ライブアルバム
ベストアルバム、その他
- Pharrell Williams
- Flawless
ジェイ・Zについて
セントラルブルックリンで生まれ育ったジェイ・Zことショーン・カーター。彼の曲「マーシー・ミー」には“俺は幾千もの男たちが死ぬマーシー・ハウスという団地の出身だ”という一節がある。彼はあらゆる場所でライムを書いた。街灯の下に佇んで書いたり、茶色い紙袋の裏に歌詞を書きつけたり、リズムを見つけるために家の窓枠を叩いたりした。彼の子ども時代は暴力に満ちていた。彼はティーンエージャーの初期に麻薬を売り始めた。後に彼は、ベッドフォード=スタイベサントで銃を手に入れるのは、生活保護を受けるよりも簡単だと皮肉を言っている。そして1996年のアルバム『Reasonable Doubt』を発表したころ、自分は誰よりも歳をとっている26歳だと語った。1969年生まれのジェイ・Zは、「Can I Live」の「金持ちになる馬鹿げた夢を持つ中尉達を入隊させた/『やってやろうぜ』、退屈になったな」“Recruited lieutenants with ludicrous dreams of gettin’ cream/‘Let’s do this,’ it gets tedious”というリリックの通り、ストリートの生活を美化しなかった。しかし、それについて後悔を語ったこともなかった。彼は重役に上り詰め、そのおかげで、ラッパーたちに縦割り組織のビジネスマンという新たな名がついただけでなく、黒人アーティストたちが米国実業界を操縦するという新たな道が切り開かれた。それでも彼はストイックかつ少々無慈悲であり続け、おおかたの人たちだったら生還不可能だったかもしれない過去を、笑い話にしていた。加えて、言葉に対する深く直感的な情熱はもちろんのこと、彼がマイクを持った時の器用さは、ラップを“yes-yes-y’all”の時代から次のレベルへと押し上げた。それは、MCたちがまるでアメリカのグリオ(西アフリカの語り部のような音楽家)のような存在となって、放つ言葉がさらに輝きを放ち、身につけたキラキラとしたチェーンのネックレスだけでなく、ラップがアメリカの黒人体験の記録者として機能する時代へと導いたのだった。ジェイ・Zは2001年に『The Blueprint』というアルバムを発表するが、自身の真のブループリント=青写真は、いまだに存在しない。50代で、億万長者で、子どもたちがいる妻帯者の彼は、今もアーティストとして成長することが可能だ。それを彼は2017年発表の『4:44』で雄弁に証明した。
- 出身地
- United States of America
- 生年月日
- 1969年12月4日
- ジャンル
- ヒップホップ/ラップ